昭和38年8月19日、
明石市二見町の漁師の
長男として誕生
父の年収150万円という年も!

4年後、弟誕生するも、
脳性小児マヒ(身体障害2級)
との診断
起立不能の診断に屈せず、一家でリハビリに取り組み奇跡的に歩行は可能に…
弟と共に生きる決意

小学校から高校まで地元の
公立学校で、クラブ(野球、
サッカー、柔道《2段》、
ラグビー《中学県大会優勝・
主将》)、生徒会に明け暮れる

生徒会長の任期を終えた
高3の5月、職員室で
東大受験宣言。
短期集中・1日17時間の
猛勉強の末、現役合格
(文科二類、後に教育学部
に転部して卒業)
仕送りを受けず、授業料免除と奨学金とバイトで生活。学祭では実行委員長として活躍

東大駒場寮の委員長となり、
寮費値上げ反対のストライキを
打つも敗北
初めての挫折…
退学届を出し、アジア放浪帰郷し、
呆然自失の半年を過ごす

ストライキで敵対していた学部長にいさめられ、復学
市民活動のネットワークづくりに奔走した後、またも猛勉強してNHK入社

NHKでは、ディレクターとして
福祉番組制作に励む一方、
休日には作業所支援活動に従事
政治家を志し帰郷するも、
父の猛反対を崩せず、再び上京

テレビ朝日「朝まで生テレビ」の制作スタッフとなり
番組作りに従事

石井こうき代議士の本に
感銘を受け、
手紙が縁で秘書となる
1年間、寝食を共にして選挙活動に明け暮れるも次点落選
その後当選され活躍されるも、暴漢により無念の横死

石井氏の勧めもあり、世のため人のため
弁護士になることを決意、司法試験に臨む
4度目の挑戦で合格、司法修習生となる(活躍中の大平光代氏、橋下徹氏などが同期)

平成9年、神戸にて弁護士開業、
その後、独立して事務所開設
(いずみ法律事務所所長)
事務所を地域活動に開放するなど、
市民活動の支援も継続
 

平成15年11月
8万を超える得票をいただき、
近畿比例区より初当選!


2004年3月18日(木)
本会議にて民主党を
代表しての国会演説
「誰もが手を伸ばせば届く“国民に身近な司法を”」と熱弁をふるう

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